京ことばで綴る洗心のひととき

過去に千眞工藝が発行したメールマガジンどす。
だいぶぎょうさんになってきたけど、せんぐり読んでおくれやす。

  • 2008年01月05日掲載

    門松

    ♪年の初めの… 松竹立てて 門ごとに~♪

    昔はお正月いうたら、一年のうちでもほんまに重要なもんどした。 五穀を守る歳神(としがみ)さんを迎え、共に祝い、そして お送りするというのんがお正月。
    歳神さんは、春の始まりの第一日目にやってきゃはるので 家々の門口に「門松」を立ててお迎えするんどす。 つまり門松は歳神さんが宿る安息所いうことやろか。
    飾ったのは松に限らんと他の木も つこた(使った)ようえ。 竹を加えるようになったんは、鎌倉時代以降らしおす。

    飾りつけるんは、12月28日までにして、29日やと 「九松」というて苦を待つという語呂で嫌がられ、 31日は、1日飾りというのんで嫌がられてますえ。
    ほんで取り去るのんは、7日とか15日でこの間を「松の内」と呼ばれてるんえ。

    最近では、環境問題やごみ問題で飾ることも少のうなってきたし、しめ飾りものうなって(なくなって)きたさかい お正月やのに華やかさがあらしませんな~

  • 2007年10月07日掲載

    おはし

    「はし」は食べもんと口の間を橋渡しするさかいとか、細い棒の端と端で挟むからいうのんが語源みたいどす。

    奈良時代にはもう使うたはったみたいで、初めは祭器として儀式で神さんに食物を捧げる道具やったんえ。 割り箸は江戸時代の後期に外食店が繁栄して広まった日本独特のもんどすえ。

    両端が細うなっててまん中がやや太い利久(利休)箸は、京都で作られたもんなんやて。

    よその国でもおはしを使わはるとこはあるけど、ご飯も汁物もすべてお箸だけで食べるいうのんは、 日本だけやし いろんな作法や言い回しも多いどすな。

    脳に刺激を与え、体の発達に役立つにゃさかい、若い人にもおはしを正しく使えるようになって欲しいもんやわ。

    ~おはしが転んでもおかしい年頃が懐かしいわぁ…

  • 2007年08月04日掲載

    ひやかし

    はなから買う気あらしまへんのに、あの店行ってひやかしてきまひょ、などと言うひやかし。

    これは、江戸時代の随筆『嬉遊笑覧』によったら、 浅草山谷の紙漉き業者が紙の原料を水に冷やしているちょっとの間、 近くの遊郭、吉原へ行って 女郎を買う気もあらへんのに、あーや こーやと言わはるだけで帰ってしまはる。

    紙を冷やかしてきた連中というわけで「冷やかし」と呼ばれたそうなんやて。

    ここから「素見す(ひやかす)」という字を充てて買う気もあらへんのに売りもんを見たり、 値段をたんねたり(尋ねたり)又おちょくったり(からかう)する意味に使いますのや。

    うちの店にいっぺん来て みとおみやす。ひやかしでもよろしおすえ。

  • 2007年03月24日掲載

    なんや春いうたら、”畳替え”いうような季節感がなくなってしもたんは淋しおすなぁ。

    和室もあらへんようになってきて、しゃあないかもしれまへんけど程よい弾力性もお年寄りにとっては安全やし、 湿度調節効果や断熱効果、ほんでまだ空気清浄効果があるんやさかい ええもんどすえ。

    本来、畳は「たたむ」という言葉の示すとおり「むしろ」を何枚か重ねて臨時に敷く座具やったり、 寝具やったんどす。

    もともとの日本家屋いうたら板張りの床やったし、敷きもんとしてつことい(使う)やした。 上流階級で部屋全体に敷きつめられたんは平安時代の末頃、一般の町家や農家では、江戸時代らしおす。

    ほてから京間畳と江戸間畳の違いは、関西地方では畳の広さを基準に部屋を作る習慣やし、 関東では、部屋が先に決められてあとから畳を入れてたせいらしおす。

    畳の部屋でコタツにあたったり、畳の上で大の字に寝ころんだり・・・

    ほんに畳はよろしおす。。。

  • 2007年01月26日掲載

    節分祭

    節分の本来の意味いうたら、「季節の分け目」で立春、立夏、立秋、立冬の前日のことなんやそうえ。 そやけど きょうびは(最近では)、立春の前日の2月3日か4日だけになってますな。

    節分には、柊の枝にイワシの頭を刺して戸口に立て 豆撒きをして鬼を払う風習がありますやろ。 この”鬼やらい”の行事は、古く中国でしたはって日本へは、 陰陽道の行事として宮廷年中行事に取り入れられた追儺(ついな)がルーツやそうどす。

    もともと追儺いうもんは、大晦日に、 方相氏(ほうそうし)と呼ばれて鬼に扮装してるお人を殿上人が弓矢で追うというもんどした。

    各地の寺社が鬼を払うのに、親しみやすい形として 豆を撒くという儀式を残して、今日の豆撒きが残ってるそうえ。

    そやけどあの鬼いうのは、ほんまは福が家から出ていかんように、 ほんで禍が外から入ってこんように番をしてくれる役目の人なんやけどいつのまにか勘違いされるようになったんやて。

    節分には、年の数だけお豆さんをよばれるけど、だんだん年いってきたらなんか できんひんようになりそうやわ。。。

  • 2006年10月12日掲載

    障子・襖

    奈良・平安時代に貴族のうち(家)の中を区切ったり、おもてから見えへんように生活環境を考えつくさはったんが和紙を貼った戸で、 昔は「襖障子」と呼ばれてましたんえ。今では「障子」「襖」は別のもんとして区別してますやろ?

    障子は細い木の格子の片面に薄い紙を張ったもんで、明かり障子とも呼ばれてました。

    襖は格子の両面に厚手の紙を貼って、四辺に枠をつけて明かりを通さんようにしたもんどす。 特に寝室(臥す間)に使われたさかいに「ふすま」と呼ぶようになりましたんえ。

    ガラスとちごて(違って)、軽いし、表がみを張り替えたら雰囲気も変えられるし おまけに換気と清浄化もします。 吸湿性があるさかい、湿度の高い日本の住宅には、実用とインテリアを兼ね備えた建具いうわけどす。

    日本人の豊かな感性と巧みな技術のたまもん(賜物)がなんや減ってきて さみしいやおへんか・・・

    障子とふすま
  • 2006年7月01日掲載

    祭り

    7月になったら、京都は祇園祭り一色になりますのんえ。

    その昔、日本では”まつり”は神さんやご先祖さんに感謝し、祈願したり鎮魂することやったさかい、 今でも神さんが一時的に乗り移る「おみこし」いうもんがあるんどす。

    そやし、西洋のお祭りいうのは、フェスティバル、酒宴がもともとの意味やし、 おんなじ”おまつり”でもちょっとちゃう(違い)いうのは、知っとかはったほうが、よろしいな。

    祇園祭りが始まった当時も、やっぱり疫病退散を祈願した一大神事やったんえ。

    祇園祭りの”祇園”は、主役の八坂さん(八坂神社)が釈迦の国、祇園精舎からとって祇園社と呼ばれたはったさかいやて。

    『ああすれば良かった』いうことを『後の祭り』ってよう言いいますやろ。
    これは、17日の祇園祭りを『前の祭り』いうて、鉾やら、 山車やら何台も繰り出して華やかに行われるのに、24日の『後の祭り』は山車だけやさかい、 後の祭りだけみても寂しいものやし、こんな風に使われたとも言われてますんえ。

    あのシュートをアウトサイドで蹴らんと、インサイドで入れといたらよかった、なんていうても あとのまつりどしたな~!

〒601‐8452 京都府京都市南区唐橋堂の前町3-1
Copyright 2014 SenshinKogei co.,Ltd, All rights Reserved.