京ことばで綴る洗心のひととき

過去に千眞工藝が発行したメールマガジンどす。
だいぶぎょうさんになってきたけど、せんぐり読んでおくれやす。

  • 2002年8月2日掲載

    お盆の意味をいま一度

    今はお盆いうたら、<盆休み> ぐらいにしか思われてまへんけど、昔は、虫とかこうてたら お盆には放してやったんやて。
    なんでか知ったはる?お盆の大切な意味を後世に伝えていってほしいさかい、ちょっと長いかもしれまへんけど読んでおくれやす。

    お盆の典拠となる盂蘭盆経(うらぼんきょう)には、次の物語があるんどす。
    お釈迦様の弟子に神通力にすぐれた目連(もくれん)尊者は、餓鬼道に堕ちた亡母が骨ばかりにやせこけ、日夜苦しんでる姿を見つけ鉢に飯を盛って捧げはった。母が喜んで手でつかもうとしゃはると飯は火となってしもうて食べられへん。そんな母の悲しみを見はった目連は苦悩し、お釈迦さんにたんねて(尋ねて)みはった。

    お釈迦さんはこう答えはった。
    「どんなに孝行しても一人の力では取り除くことはできない。
    修行の明けの日(7月15日)に七世の父母の為にすべての仏僧に供養したら、七代前の父母は餓鬼倒懸の苦を離れて人天中に生まれ、もし父母存命中であれば、福楽にして寿命はきわまりないであろう」

    この故事により盂蘭盆会の行事はインド、中国を経て日本では斉明天皇の頃(657年)行われたのが始めとされといやす。

    死者の霊は子孫の手厚い供養を受けて祖霊になるとされといやすけど祀り手を欠く霊を手厚く供養することが大切なことどすえ。

    いろいろな動物や虫たち、ちいちゃい【命のひとつひとつが大切】でありもしのうなった時には、【手厚う供養をしてやる心】を子供たちに教えていくええ機会になるのとちがいますやろか?

  • 2002年6月21日掲載

    祇園祭のちまきは食べられまへんえ

    七月いうたら京都では祇園祭一色になりますんえ。京の平安を願う八坂さん中心の神 事であることはみなさん知っておいやすけどその神さんとは?
    ━━━━━ スサノオノミコト。
    イザナギとイザナミの子供でアマテラスオオミカミの弟。
    やんちゃくれ(暴れん坊)でやまたのおろちを退治し、のち妃となるクシナダヒメを救ったという伝説で知られている神さんどすえ。知ったはった?

    ところで祇園祭の粽(ちまき)は厄除けのお守りとして家に持って帰って軒につるすさかい食べられまへんえ。
    もとは、茅(ちがや)の葉で餅を巻いたからついた名で祇園祭の粽は笹の葉で形だけをつくりご祈祷されたもんどす。

    まちごうて開けたら、さっぱり わやえ~

  • 2002年05月17日掲載

    亭主関白

    きょうびは「亭主」いうたら、なんや小ばかにしたようなかんじにお使いやすけどその語源は、仏典のなかにもありますんえ。
    楼台のある邸宅が「亭」でその主(あるじ)が亭主で『もてなしをする人』の意味どす。
    今でも茶道に於いてはもてなす側として「亭主」と呼ばれて、男女の区別なく使っておいやす。
    関白」は元は公家の最高位の位をさしてます。雲上人の意味がありましたんえ。

    きょうびの父親は弱なった?
    父の日も母の日に負けへんくらいぎょうさんプレゼントしてあげておくれやす。

    よう読んでおくれやした。お~きに。 m(__)m

  • 2004年4月13日掲載

    紅一点

    桜の季節が、はように過ぎて今年はきっと緑の到来もはやおすなぁ。
    緑が一面にあると、そこに一輪のお花でもあれば・・・
    そう「紅一点」ということばを思い浮かべておくれやす。

    きょうびは多くのおとこはん(男性)の中にただ一人のおなごはん(女性)がいる意味で使(つこ)たはるけど、ほんまは、

    「万緑叢中(ばんりょくそうちゅう)の紅一点、人を動かすに春色を多く用いず」
    全くの青葉の中にひとつだけ赤い花が咲いている。春の風景はこれのみで人を感動させてしまうという意味なんえ。
    ほな、このひとつの赤い花は、何か知ったはる?
    これは、この詩句の出典が中国の王安石の「詠石榴(ざくろ)詩」であることから石榴(ざくろ)!

    なんかほんまに中国らしい景色やと思わはらへん?

  • 2002年3月8日掲載

    端午の節句

    5月5日の節句はなんで、端午と呼ぶのでっしゃろ?
    中国から伝わったもので、もともとは、旧暦の最初の午の日、つまり端午の日を祝ったものどした。
    戦後、「子供の日」とされ、国民の祝日となりましたんえ。

    ほんなら、次に「子供の日」には、なんで鯉登りをたてるんでっしゃろ?
    これも中国の故事からきたもので、その昔中国の楚の人、屈原(くつげん)さんが、汨羅(べきら)江に身を投げはったのを、紙の鯉を作り供養したことに始まるとされてるんどすえ。室町時代には武士の家だけで行われていたようやけど、江戸時代には町家でも上げるようになりましたんえ。
    それ以後は、むしろ「鯉の滝登り」の意味が強うなり、威勢のいい男子の立身出世を願うものに変わってきたんどす。

    きょうびは ♪♪屋根よりひくーい、こいのーぼ~り ♪ やさかい、あんまりよろしおへんな~

  • 2002年1月26日掲載

    日出乾坤輝(日出でて けんこん(宇宙)輝く)

    今回は、新春にふさわしい、初釜などによう使わはる禅語どす。
    この句の表面の意味は「朝になって太陽が登ると万物がその光を受けて世界が明るう輝く」というもんですが、茶会の一行物として受け止めるにはもうちょっと深う考えてみましょか。

    太陽は人間が生まれながらにして持つ仏性、雲はこれを覆う煩悩妄想としてとらえ、ひとたび太陽が昇り、暗雲されば、天地(心)は隅から隅まで明るく輝き迷妄は一瞬にして消え失せるというもんです。さらに本来は、雲のあるなしに関係なく、太陽は常に輝いているのであり『決して夢と希望を捨ててはいけない』という意味があるんどすえ。

    どうどした?禅語って ほんまよろしおすなぁ~。

  • 2001年12月1日掲載

    絵馬

    来年の干支にも因んで、絵馬について触れてみまひょか。
    お宮さん(神社)やお寺さん(寺院)に絵馬を奉納するようになったんは?
    平安時代、「色紙絵馬三匹」を北野天満宮に奉納された、と古文書に書いといやす。

    昔から「神馬(じんめ)」というて、神さんに生きた馬をお供えしゃはりましたが、そのうちに生きた馬が木馬に代わりそして、「絵に描かれた馬」を奉納するようになったんどすえ。それも、幅いちメートル以上もある大きな額やて。
    今の合格祈願なんかにつこたはる(使っている)見馴れた「小絵馬」は鎌倉時代以降のものやそうえ。絵馬は本来、絵も願い事も自分で書いたもんやけど今ではその年の干支を描いた小絵馬をお宮さんが用意しとかはって、願い主は裏に願い事を書くだけで
    ええようになりましたんえ。

    そやさかい今では馬の絵以外のもんでも絵馬と呼ばれてるんやて。
    みんなで、世界の平安をお願いしまひょうな。

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