京ことばで綴る洗心のひととき

過去に千眞工藝が発行したメールマガジンどす。
だいぶぎょうさんになってきたけど、せんぐり読んでおくれやす。

  • 2006年3月18日掲載

    zero、ゼロの発見

    0[ゼロ]は古代インドで考えられたもんやそうやけどまずは、位取りを示す記号として、 ほんでから数としての0[ゼロ]に発展していったそうなんえ。

    1から9までの数字は前からつこてた(使ってた)けど10までの数字を一つにまとめて左に置いて、 はんちゃらけ(半端)な数は右に置くという方法やった。 ほんなら はんちゃらけな数にならへん時に空白ではわかりにくいさかい、0の記号にしはったんやて。

    どんな数にゼロを掛けてもゼロやし、ゼロで割ることもできひん。
    ゼロは無。
    このゼロの発見は、無限の大きな数を表すのにごっつ すごいことどしたんえ。

    ロケットの打ち上げ後時間もカウントダウンのゼロからスタートしますやろ?あれもゼロの発見のおかげやそうえ。

    それに今回準決勝に行けたんかて、ゼロの発見のおかげやもんな~。

  • 2005年12月18日掲載

    犬矢来

    京の町家には、美意識、かつ実用性溢れる様式がぎょうさん見られましたんえ。
    ひとつに塀と通りの境界に、割り竹を円弧状に反りをつけて組んだ柵で「いぬやらい」というのがあるんやけど、 見はったことあるやろか?

    「唾止め」「犬防ぎ」「犬遣らい」とも言われてましたんえ。

    かつて京の家々は、立地条件から、通りと軒下の間に「犬走り」いう細長い地面がいったさかいに、 そこに馬車のはねる泥やら犬猫の放尿を防いだり、竹のカーブで泥棒が入りにくうするのに考えはったもんやそうえ。

    それに、雨宿りをされんようにというのもありますのんえ。
    ちょっといけずなようやけど京の都にはいろんな偉いお人もやはるし、 中の話を聞かれたら困ることもあるさかいあんじょう”お断り”してるわけどすなぁ。

    京の町は、ほんまに粋でおますなぁ。

    犬矢来
  • 2005年10月8日掲載

    ”犬は三日飼うたら、三年恩を忘れへん”という諺を知っといやすか?
    ほんまにそうかどうかは別として 犬でもそうなんやさかい、ましてや人間が恩を忘れたらあかしまへん、というもんどす。

    古うから犬が人々の役にたってきたというのんは、昔話にぎょうさんあるし子供さんやらもよう知ってはります。そやけど最近ひとりでゲームに熱中したりする子供さんが多なってきたさかい、「恩」とか「感謝」いう気持ちの大切さを知ってもらうのに一役買うええ諺やと思わらしまへんか?

    犬かって大切な家族や友人やさかい、人と犬とのつながりも大事、人と人とのつながりも大事。そんなことを大切な時期にこの諺や体験を通してわかってほしいもんどす。

    来年は【戌年】で、なんでも家族や仲間などの人の縁を活かしてパワーアップする年なんやそう。
    どうぞええお年にしておくれやす。

    おしまいまで読んでもうて おおきに。
    ONE(ワン)CLICKに感謝!

  • 2005年06月24日掲載

    やすらぎを求めて

    ”心に安らぎを取り戻す”修行いうもんには、坐禅がありますにゃけどなんちゅうても難しおす。そやけど、写経、特に般若心経は、短こうて、気軽に始められます。真心こめて書いたらよろしいのんどす。

    お経を写すいうても、難しゅう考えたらあきまへん。どだいお釈迦さんの教えを口で伝えられてたもん(経)をより正(ただ)しゅうに伝えていくためになんかに書き記す必要があったさかい経典いうもんができましたんえ。そやし早うから写経は行うたはりましたんえ。

    ”心が安らいでいる時”は、ほんまにええもんどすやろ。
    ほなどうしたらええやろ?

    写経をしとおみやす。身体を整え、呼吸を整えていったら、心が整ってきますえ。
    心が整えば、整えられるほど雑念が払われ心が澄んできよります。

    心が自ずからもともとの働きをし始めますのんえ。
    ほんでまだ、姿勢がようなったり、集中力がついてきたり忍耐力もでけます。おまけにじぃ(字)までうもうなる。

    そういうたらボケ防止につこてる(使ってる)いうとこがおました。
    そろそろはじめまひょうか・・・

  • 2005年3月4日掲載

    喜ぶ

    新(あたら)しゅう入学や入社にむこて(むけて) きばったはる人はもすこしの辛抱え。
    『梅は寒苦に耐えてこそ、その馥郁(ふくいく)たる香気を放つ』というふうに困難を乗り越えてこそより喜びがおおきゅう(大きく)なるもんどす。

    昔から日本人は感受性が豊かやと言われてますさかい「よろこび」という字はほんまにぎょうさん使われてます。

    予は、安心して楽しむ喜び
    怡は、顔色がニコニコしていかにもうれしげな様
    悦や説は、心の中で楽しむ。
    愉は、喜びが顔色に表れること
    賀は、物を贈りあいさつをしてよろこび祝うこと
    慶は、めでたいこと
    歓は、うれしがって踊りあがること    などなど。

    そして、”喜”の古字形は下の口の部分と 残りの上の部分とからなり神に食物を供える器と 神に祈り、鼓を打って神意を楽しませることからよろこびの意となったらしおす。

    まぁいうたら、喜は神楽(かぐら)であって人が喜笑するだけやおへんのどす。
    『喜』と言う字は、皆を楽しませることが喜びであるというような意味があるさかい 知っといておくれやす。

    そやけど漢字いうもんは、形がちょっとちゃう(違う)だけでいろんな意味をもってるさかい おもしろおすな

  • 2004年11月12日掲載

    干支物語

    「来年の干支は知っといやすか?」「エーっと鶏歳!」
    などのようにつこてる(使っている)干支は、正しくは十干と十二支を合わして言いますのんえ。この組み合わせは、60回(年)毎におんなじものに還るので満60歳を迎えたお人に還暦のお祝いをしゃはります。

    因みに来年は・・・乙酉(きのととり)歳どすぇ。

    古代の中国で月の満ち欠けから発展した五行思想がその起源とされ日本では、奈良時代には用いられていたようどす。

    【酉】という字は、酒を盛る器の象形で実際の鶏とはあんまり関係おへんけど、中国では古くから鶏を飼うたはって大事にしてたさかい酉=鶏になったいうのやら、鶏の昔の字が酉に似てたし、いうのんがありますねんて。

    何というても鶏はその鳴き声が1番大事やし、必ず明け方に鳴くことから、鶏鳴と言うたら夜明けを指して一日の初め、又万物の初めを意味しますんやで。

    年をごまかしたはるな~思たら、干支をたんねる(尋ねる)とよろしおすえ~。
    たいがい自分の年の干支しか知らはらへんさかいに・・・。

  • 2004年7月16日掲載

    良寛さん

    大自然を友とし、あらゆる生きもんを愛し、子供たちと無邪気に遊ばはった良寛さん。

    良寛さんの子供好きは有名どすやろ。
    “かくれんぼう”をやってて良寛さんが鬼の番にならはった。

    目をつむったまま「もういいかい」「まあだだよ~」きーついたら(気がついたら)もう日も暮れてしもて、子供達は誰もおらんかった。

    ほんでから、こんなんもあるんえ。
    ある年のこと、草庵の床下に一本の竹の子が芽を出し、やがて床板に届いてしもた。

    良寛さんは床板をはずして、竹の子の成長を見守らはった。
    ほんで今度は、天井や屋根まで外し「大きくなれ、大きくなれ」と雨が漏っても、風が吹いても平気で竹を愛でて暮らさはったらしいえ。

    ようけの(たくさんの)人に愛された良寛さん。
    そしてようけの子供を愛した良寛さん。

    なんか最近、せちがろうなってきただけにこんなふうにのんびりと生きてゆく大切さを教えられてるみたいどすなぁ。

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